Secondary School attached to the Faculty of Education, the University of Tokyo

【行事報告】卒業式

去る3月16日(水)に、令和3年度卒業式を挙行しましたので祝辞と卒業生の答辞を掲載します。コロナ対策のため卒業生とその保護者のみで行いました。

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学校長の言葉

皆さん、ご卒業おめでとうございます。保護者の皆様には、心からのお慶びを申し上げます。

振り返って見ると、今年度もまたコロナウィルスに振り回される一年となってしまいました。皆さんにとっても、本校での学業や生活を締めくくる大事な年であったと思いますが、多くの行事の実施形態を変更せざるを得ませんでした。大変心苦しく感じております。

コロナ禍において、私たちは多くのことを学びました。その一つが、この世には簡単に答えが見つからない問い、答えのない問い、あるいは人によって答えの違う問いがある、ということではないでしょうか。どのような授業形態が最善か、校内行事を中止するか、形を変えてでも実施するか、議論を重ねながら、答えを模索してきました。皆さんとしては、そもそも何のために学校へ行くのかとの問いが脳裏をかすめたかもしれません。人間存在の根幹に近づくほど、答えを見つけるのは難しくなります。

子どもが文法を習得し始める頃、親を質問攻めにすることがあります。「どこ行くの?」「スーパーだよ」「なんで?」「豆腐を買うんだよ」「なんで豆腐を買うの?」「ご飯のおかずを作るためだよ」「なんで?」「ご飯を食べるためだよ」「なんでご飯を食べるの?」ここまで来ると親はお手上げです。

なんのために生きるか。人生の意味とは何か。皆さんも一度はそのような問題を真剣に考えたことがあるのではないでしょうか。私自身、皆さんと同じくらいの歳でその問題に悩みました。そんなとき、一つの名作に出会いました。Somerset Maughamという作家のOf Human Bondageという小説です。『人間の絆』という訳で出版されていますが、ここでのbondageは、連帯の意味ではなく、スピノザの『エチカ』に由来する「自由を奪う束縛」のことです。私は、高校三年のとき、この名作と出会い、英語好きであったため、原書を読み進め、人生を考える上でのヒントを得ました。

物語の主人公フィリップ・ケアリは、幼くして両親を失くした上に足に障害を抱え、人生の意味を追い求めながら、苦労の多い青春時代を送ります。美術修業のために留学したパリで、彼はクロンショーという詩人から、謎めいた忠告を受けます。ペルシャ絨毯を見れば、人生の意味とは何かの答えがわかる、というのです。後に詩人は、彼にペルシャ絨毯の切れ端を送ります。何のことかわからぬまま時を過ごしていたフィリップは、大英博物館を訪れたとき、ふとその答えに思い当たります。ここから、当該部分の訳を読み上げます。

クロンショーのことを考えながら、フィリップは、人生とは何かについての答えがここにあると言って彼が送ってくれたペルシャ絨毯を思い出した。そして、突然答えが浮かび、彼はクスッと笑った。ひとたび答えに到達してみると、それはまるで、解き方がわかるまでずっと頭を悩ましたのに、あとになってどうしてそれに気づかなかったか、不思議に思うような謎に似ていた。答えは明らかだった。人生に意味はない。(引用はここまでです。)

悟りを得たフィリップは、人生の意味を追い求める苦悩から解放され、幸福感を得ます。「人生に意味はない」。ここだけ聞くと、ただの虚無主義にも思えますが、そうではありません。本来意味を持たない人生をいかに充実させるかを問う、力強い人生哲学です。出来上がったペルシャ絨毯の模様自体には何の意味もありませんが、精魂込めて織り上げた絨毯は、彩り豊かでとても美しいものです。

私は大学の英語教師でもあるため、「英語を勉強することに何の意味があるのか」という質問を受けることがあります。「異文化を理解するため」、「外国人とやり取りをするため」など、その場凌ぎの答えを返すことは可能です。しかしながら、私自身は、英語学習に意味を求めたことはありませんし、無我夢中で勉強した結果として、世界に目が開かれました。

皆さんも、勉強や仕事に意味が見いだせないからといってそれを放棄するのでなく、私がこれまで折に触れて繰り返してきたように、目の前にある一つ一つのことを丁寧にこなしながら、豊かな人生を織り上げていってほしいと思います。

最後に、またしても個人的な話で恐縮ですが、私も皆さんと一緒に、この三月で校長職を卒業します。マスク越しの限られたやり取りしかできませんでしたが、皆さんと過ごした二年間は、私にとって一生の宝であり、私の人生の絨毯においてひときわ彩り豊かな模様となっています。そのことを申し添えて、はなむけの言葉とさせていただきます。

 

 令和四年三月十六日

 東京大学教育学部附属中等教育学校長      斎藤兆史

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学部長の言葉

教育学部長の小玉です。卒業生の皆さん、卒業おめでとうございます。東京大学教育学部を代表して、心からお祝い申し上げます。また、ご家族のみなさまにおかれましても、このたびは本当におめでとうございます。

 皆さんは本日、七一回生として本校を卒業されます。皆さんは本校で激動の六年間を過ごされたのではないかと思います。特に、幹部学年であった二〇二〇年から最上級生となり進路選択や受験と向き合った二〇二一年にかけて、新型コロナウィルスの直撃を受けて、授業でも学校行事でも部活動でも通常とは大きく異なる生活を経験することとなりました。私自身、このコロナ禍を振り返ってみて、大学と学校の運営に携わるものとして、感染対策の徹底と教育活動の継続をいかにして両立させるかという課題に直面し、試行錯誤をしてきましたが、一つ、反省させられる点があります。それは、対策を行うにあたり、政府や東京都の方針、教職員のみなさんの様々な意見に耳を傾けるのと同じ程度に、学びの当事者である生徒、学生のみなさんの意見に真摯に耳を傾ける姿勢が果たしてどれだけあっただろうかという点です。本校ではいかがでしたでしょうか?

 このあともしかしたら話が出るかも知れませんが、本校でも、生徒会が中心となって議論をしていく文化はたしかに存在し、たとえば、二〇二〇年度から前期生の服装が自由化されたことは、生徒の声が学校に届いた大きな成果でした。二〇二〇年の衆議院総選挙で選挙権を行使した七一回生も多かったのではないかと思います。

 全国的に見れば、たとえば、二〇二〇年春に一斉休校の是非が問題になったときに、茨城県の高校生達が声を上げたことが注目されました。また、やはり二〇二〇年にコロナの影響と関わって大学への九月入学の是非が問題となった際にも、多くの高校生が声を上げました。社会の変革期に高校生の世代が声を上げ、社会変革に影響を及ぼしていることは、日本のみならず世界の趨勢となっています。

 このような趨勢をふまえれば、生徒、学生が市民、主権者として、教職員とともに教育を作り上げていく、そのような民主主義の文化を、この東大附属に、そしてこれから皆さんが進む大学や社会に、つくりだしていくことは必須の課題となっていると思います。また、特に現在、ロシアによるウクライナへの侵攻は世界の平和と民主主義を脅かしており、私たち一人一人の自覚と行動が厳しく問われています。

 成年年齢を一八歳とする改正民法もこの四月から施行され、皆さんは全員が四月一日をもって成人となります。成年年齢に達した市民が自立的に権利と責任を引き受け、社会に参画していくことは、民主主義と平和を守り育てていくうえで必要不可欠の要請です。家族との関係においても、保護される立場から、信頼関係によって結ばれる立場への転換が必要となります。私はかねがねそれを「精神的家出の奨め」と呼んでいます。この四月に成人となる皆さんもぜひ、精神的家出を行い、自立した市民として、この世界を守り、そして変革していく営みに参加しつつ、それぞれの夢と希望を実現するために羽ばたいていってほしいということを切に願い、私からの挨拶といたします。

 東京大学教育学部長      小玉重夫

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総長の言葉

 東京大学教育学部附属中等教育学校の卒業生並びに保護者・ご家族のみなさま、このたびはご卒業誠におめでとうございます。2年以上にわたる新型コロナウイルス感染症の蔓延の中で高校生活を過ごし、これから次の新たな一歩を踏み出されるみなさんに、心からお祝いを申し上げます。

 さて、みなさんは「大人になる」ということにどのようなイメージをお持ちでしょうか。ご存じかもしれませんが、今から145年前の東京大学創立のさらに1年前、明治9年に20歳と定められた日本の成年年齢が、この4月に18歳に引き下げられることになっています。実に一世紀半を経て初めての変更で、これによりこの度卒業されるみなさん全員が、4月からは未成年ではなくなります。

 飲酒・喫煙・ギャンブル等の禁止はこれまでと変わりませんが、成人となれば保護者の同意がなくとも、自分の意思で様々な契約ができるようになります。例えば、携帯電話を買う、一人暮らしの部屋を借りる、クレジットカードを作る、ローンを組むなどの契約ができます。それだけに、悪質な勧誘や違法な儲け話などのトラブルに巻き込まれる危険性も高くなります。よく考え、必要なことはよく調べ、また信頼できる人に相談するなど、成人としての責任を自覚した行動が求められるようになります。

視野を広げてみると、みなさんが担う責任は、じつは個人的なものに限られません。たとえば地球に対する責任も、私たちの大きな課題です。しかしそれらは、どこから手を付けて良いか分からない複雑な問題ばかりです。何が正解なのかはもちろん、正解と呼べるものが存在するのかさえ、保証されていません。

 そうした複雑な問題の典型例として、気候変動の問題が挙げられます。昨年のノーベル物理学賞は、計算機を活用して気候変動のメカニズムを理解し、将来変化を予測した真鍋叔郎博士に授与されました。博士が研究を始めた当時の計算機はまことに原始的で、現代のスマートフォンにも劣る能力のものでした。そうした環境で物理学的に意味のある結果を導くには、何が本質かを見極める必要がありました。ここで重要だったのは、何が正解であるかがわからないなかで、地球規模の現象を適切にモデル化する発想力であり、既存の計算機の能力を最大限に活用する工夫と、継続的な自己研鑽です。その積み重ねが、信頼できる予測結果に繋がり、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)による評価など政策判断の基礎になりました。

 さて、今日、皆さんは卒業式という節目を迎えました。これから大学や専門学校に進学される方いずれも、気候変動とまではいかないまでも、どこから手を付けて良いか分からない複雑な問題に直面することがあるかと考えています。その時に大事なことは、視野を広く持って、諦めずに考え抜き、周りの方々と共に解決への道を粘り強く探り続けることです。簡単な道ではありませんが、これまでに誰も経験したことがないパンデミックの中での高校生活を経験したみなさんであれば、きっとそうした困難を乗り越えて成長していけるものと信じます。

 最後に、卒業生の皆さんへ、心からの祝福とエールを贈り、お祝いの言葉といたします。本日はご卒業、誠におめでとうございます。

東京大学総長      藤井輝夫

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PTA会長の言葉

卒業生のみなさん、ご卒業おめでとうございます。

また、保護者の皆様、お子様のご卒業おめでとうございます。

今から6年前、皆さんは東大附属の校門をくぐって入学しました。当時のことは覚えているでしょうか。

東大附属の6年間はどうでしたか。

充実した学校生活を送ることはできましたか。

親目線で言えば、この前入学したと思っていた君たちが、今日卒業という節目を迎えたということ、ほんと早かったなと、あっという間の6年間だったと感じております。

この二年間は新型コロナウィルスの感染拡大により、学校生活はもちろん、部活動の活動自粛などありました。

ですが、新しい取り組みや、創意工夫した活動を実践しみずからの手で作り出したこと、部活動で切磋琢磨したこと、楽しかったことや嬉しかったこと、悔しい思い出や、どうしようもない壁にぶつかったことなど様々だと思います。しかし、それら全ての経験は、皆さんのこれからの人生で必ず役立つことでしょう。そして、東大附属で学び取ったことを忘れず頑張って下さい。

保護者の皆様には、PTA活動に多大なご協力を賜り本当にありがとうございました。様々な場でお力をお借りすることが出来、PTA活動として大きな成果を上げることが出来ました。感謝申し上げます。

先生方職員の皆さまにはこの6年間温かく、かつ厳しくご指導ご支援いただき本当にありがとうございました。おかげさまで、子供達は皆元気に自分の足で自分の進むべき道を選択し巣立っていきます。しかし、まだまだ未熟な子供達です。何かと先生方を頼ってくることもあると思います。そんな時は、温かく迎えてそっと励ましてやって下さい。どうか今後とも変わらぬ愛情とご支援をお願いします。

2022年3月16日 

 PTA会長 三國敏勝

 

桜の蕾も色付き始め、命の躍動する春の訪れを感じるこの佳き日に、私たちのためにこのような式を開いていただけることを、卒業生一同、感謝申しあげます。ご臨席くださったご来賓の皆様、先生方、保護者の皆様に、卒業生を代表し、御礼申しあげます。

無事旅立ちの日を迎えることができたことへの安堵と、学校を離れ、社会に踏み出すことへの期待や不安が入り混じる中、校長先生をはじめ、来賓の方々、在校生の皆さんからの力強い励ましや温かい餞の言葉に、気持ちが奮い立ち、身が引き締まる思いです。

 

卒業生答辞

在校生の皆さん。6年間私たちは、保護者の方々、先生方に見守られながら、先輩方、在校生の皆さんと共に、学校という小さな社会の中で、東大附属の校風とされる「自由」という輪郭のない言葉の意味を深く考え、各々の学校生活で体現してきました。学年が上がるにつれて、その行動に伴う責任の重圧に押しつぶされそうになることもありました。また、時には、誤った選択をすることもあり、自らの行動に自信が持てず、不安になることも増えました。

しかし、今振り返ると、東大附属の「自由」について考えてもらえるような背中を、後輩たちに示せたのではないかと自負しています。このことは、私たちの誇りであり、この先どのような困難があろうとも、自分を律し立ち向かうことができるという自信につながっています。

第5学年では、新型コロナウイルス感染症感染拡大の影響で、入学したときから成し遂げようと思い描いていた様々な活動を断念することになりました。その時、私たちは、それを新しいことに挑戦する機会だと捉え、各々自分にできることを考え行動したことにより、新しいスタイルの学校生活や学校行事を実現することができ、物理的な繋がりが無くとも、学校全体でまさに、和衷協同をすることができました。これは、通常の形で活動を成し遂げる以上の達成感につながりました。

これからも、入学当時に想像していた通りに生活できない日々が続くでしょう。しかし、それを嘆くのではなく、新しいことを生み出すチャンスとして捉え、広く活躍してください。

先生方、保護者の皆様。私たちは東大附属での6年間を通じて知ることのできた、協働・共創することの大切さや、その上で自己を確立し表現することの重要性を意識しながら活動し続けてきました。このことによって身につけることができた考え方や姿勢は、私たちがこれから過ごしていく人生においてあらゆる人と関わる上で、かけがえのない財産となっていくと確信しています。

これらを得ることができたのは、6年もの間、常に一歩離れたところから見守っていただき、時には助言をくださった先生方や保護者の皆様のおかげであり、心から感謝しています。本当にありがとうございました。

「民主的で平和な社会を育成してほしい」。これは2018年6月、東京大学安田講堂で行われた70周年記念式典で、勝野正章先生が東大附属生に向けて話された一言です。東大附属で培ったすべての力を基に、私たちは校内から国内、そして世界へと視野を広げ、民主的で平和な社会を築くために何ができるかを考え、それに必要な力を身につけ蓄えるために学びと対話を続け、あらゆる社会の中で活躍できるよう、努力を尽くしていきます。

先生方や保護者の皆様には、卒業後も温かく見守っていただき、また、変らぬご指導を賜りたく、お願い申しあげます。

最後になりましたが、今私たちがここに立てているのは、私たちを支えてくださった先生方、職員の方々、そして保護者の皆様のおかげです。重ねて感謝申しあげます。そして、輝かしい学校生活を一緒に作り上げてくれた在校生の皆さんにも感謝の気持ちを持ち、私たちはそれぞれ新しい世界へと旅立ちます。

東大附属の卒業生としての誇りを胸に、これからも邁進することを、ここにお誓い申しあげます。

皆様のご活躍、ご健勝と、東大附属の今後の益々の発展を心より祈念して、答辞とさせていただきます。

2022年3月16日 卒業生代表